World Traveling Udon Maker's blog 世界を旅するうどん屋のブログ

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まいっか力

人生には当然ながら浮き沈みがあるわけで。人生というほど長期的なものでなくても、私の場合は昨日と今日とかでも全然気分が違うことがよくある。気分がいい時は別に問題ではないのだけど、やはり重要なのは下がっている時をどう乗り越えるのか。例えば私のこの前、というか一昨日くらいにあった例でいうと、本当に悲しいことながら、携帯が粉砕されました。見事に車にひかれて、というか引かれる前にオーストラリア人、ないし日本人ではない誰かにパクられました、きっと。(日本人はパクらないと未だに信じている・・・)本当にショックで、自分の愚かさに腹が立ち、発狂しますが、最終的には落ち着かざるをえないわけです。叫んだって何も変わらないので。ポイントはいかに早いタイミングで、「ま、いっか」「まぁしゃーない」と思えるかだと思う。でもこれが普通にしてるともんもんしてなかなかその状態にはなれない。そこで第一段階で重要なのは、まずは事実ないし現実を受け入れる事。個人的にこういう問題が起こった時に一番辛いのは、携帯がまだ生きているのではないか、完全な状態で見つかるのではないかという可能性を残している段階です。このときめちゃくちゃ苦しいです。はっきりとした事実がないまま、時が過ぎて行くから。なので、さっさと事実を確認する事がこの段階では重要。事実がクリアになったら、それを出来るだけすっと飲み込み、受け入れる事。あぁ、もう携帯は戻ってこない。新しいのを買わなくては、という方向に頭がシフトすればこっちのもの。もうこれまで愛して来た携帯はこの段階では過去のものになります。そう、まるで長い事付き合って来た彼女のように、相手の恋が冷めてしまったのか、まだ気持ちは向いてくれているのか、勝手に変な方向に膨らませているだけで結構これまで通り好きでいてくれているのか、と不確定状態の渦中にいる時が一番辛い。あ、嫌われてるんだ、あ、なんだ、こっちの思い違いか、と何か事実がクリアになると、次に進めます。ここにきてやっと、「ま、次に進まなきゃしゃーない」と前を向ける気がします。それまではずっと地面を見てるみたいな状態で一番気分がずーんと落ち込んでいる気がします。なので、気分が下がっているときは、事実を確認して、受け入れて、まーいっか死にはしないし、と前に目を向けなければならんなと思います。この、「死にはしないし」とか「宇宙からみたらちっぽけ」とか「それでも地球は回ってるし」とか、意外となめられない視点だと思います。焦っている時というのは、まだまだあまちゃんな自分はそうですが、そういう俯瞰的な視点に立てず、あぁもうダメだという気分になっています。一連の流れが過ぎ去ってしまえば何をそんなに苦しんでいたんだろうとおもうのですが、その時はびっくりするほど冷静になれず、俯瞰できず、情けない程に視界が開けていません。そういうときこそ、事実を確認します。何が問題で、何に苦しめられていて、今出来る事は何で、どうなったらいつもの状態になれるのか、冷静に考えましょう。全て自戒です。自分メモです。大抵の事はそんなに悩まなくても平気で、金で解決できることならラッキー。働けば金は手に入る。こんなかんじで「まいっか力」が鍛えられれば人生は相当コントロールしやすいものになるはず・・・なのですがまだまだ自分は甘いようです。今回の件を通して、メンタル強くせなあかんなと思いました。

Give&Takeの本当のところ

結局人はギブを意識してギブすると、テイクを意識すると思う。ギブしてるのに、テイクはまだ?ってとっても人間臭いところがでてきて、それはそれで何もおかしなことじゃないけど、その副作用として「なんでこっちはギブしてるのにテイクさせてくれないんだよ」っていう怒りに変わりうる。友人カップルでとても優しい男性が、女性側の生活を支えるため色々やってあげているという意識のもと色々やっていたけど、結局その男性は「なぜ俺はこんなにしてあげているのに、あなたは何もしてくれないのか、変わらないのか」というもやっと感を抱えているのを第三者として見ていたことがある。女性側はもしかしたら何らかの形で返しているつもりなのかもしれなくて、それが伝わっていない可能性もある。もしかしたら、本当に何も返す意識がないのかもしれない(逆説的でそれで正解なんだけど)。結局、その男性がやってあげているという意識を持っている時点で、このやり取りはどちらかに負担がかかることになり、望ましい形にはならないと言える。理想はギブだということを意識せずに、自分が無意識下でやっていたことが、他人からみたらギブであった、みたいなパターン。つまり、何かを与えようとして与えず、簡単言うと、普通にしているのがベストだと思う。あまりギブ&テイクを意識しすぎる必要はなく、ギブしようと頑張る必要はないと思う。もちろんそういう意識を持てる事は素晴らしいことであることはいわずもがなであり。