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自分のレイヤーで生きれば皆楽なんじゃないかというお話


aiko ラルクのPiecesを歌う - YouTube

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佐賀空港から成田に向かう飛行機の中です。原付で日本のどっかをふらふらする旅という名の暇つぶしをしていましたが、失業認定日が近づいてるので帰るとします。原付はおきっぱなのでまたちょっとしたら帰ります。
 
前書いてから時間が経ちましたが、僕の考え方もだいぶかわった気がします。会社を辞めてみるとやっぱり圧倒的多数とは違う生活をすることになるので、やっぱり考えることも多くなるし、機会も増えます。個人的には今の自分が全人生で一番魅力的だと感じているし、これまでもそういう時期はあったけど、そうじゃなかった時期もあったので今の状態になれてよかったです。
 
「世界を変えるより、自分が変わる方が早い」と誰かが言っていた気がしますが、本当にそうだと思います。日本のいわゆる体育会系のノリだったり、よくわからんやりづらい文化だったりってのはこれからもあんまり変わらないと思います。少しずつは変わるのですが、根本的に変わるのには時間がかかるし、その前に僕の人生が終わるので、だったら僕自身が物事を選択し、変わって行く必要があると思うのです。例えば、今回のふらふらを通じて、いわゆる東京あたりの感覚と、いわゆる地方の感覚は違うなーと感じましたが、東京の雰囲気が自分には合わないと思うのなら、それは東京をかえようと頑張るのではなく、自分が東京を出るべきだなと。自分の環境は自分で選ぶ。ぐちぐち東京に居心地の悪さについて文句いってもしょうがないし。と、東京を愚痴る友人を見ていて思いました。東京にだってプロコンがあり、地方にだってプロコンがある。そもそも東京と地方の二元論もおかしいなと今回のふらふらを通じてより思いました。
 
さらに言えば、自分の居心地の良い環境を求めるならば「自分のレイヤーを作りその中で生きる」と心地良いと思います。つまり、社会の常識にとらわれず、自分だけの常識を構築する。こういうと危ない人みたいですが、僕が意味しているのはもっと平凡なもので、その地の法律とか基本的なルールにはのっとるが、細かいめんどくさいことに関しては自分のルールで生きればいんじゃないかということ。簡単な例で言うと強盗しろとか、犯罪してもいいとか言っているのではなく、その辺は当然のこととしてルールを守り、働くときはスーツを着る、みたいなところは自分のスタイルを持つということです。その代わり、時代が変わって来ているとはいえ、人からの反感を買うこともあるでしょう。ただ、それはしょうがないと捉える精神力も必要なわけですが。まーこんなことを言えるのは僕の今の立場あってのことだとも思うんですけど、いわゆる普通の社会人でもにたようなことが言えると思います。どんだけ反感を買ったり、指摘されようと聞かず、自分ワールドをつくり、会社の中で「あの人はそういう人だ」ブランドを作る、そうすればまあまあ居心地は良くなるんじゃないでしょうか。
 
そうすれば究極場所とか環境にとらわれずに生活できますね。ただ、とはいえ上記のような状態でハイパー居心地が良いかというとそうでもないはずなので、ある程度の自分にとって理想に近い実環境というのは必要なのでしょう。なので、僕はオーストラリアにでもいこうかとおもっています。laid backカルチャーをもとめて。