うどんによる鬱状態から復活快進撃

ゴールドコーストにいる時は、色々あって結構メンタル的に追いやられ(というか実質的には自分で追い込んで笑)、人生の味気なさを感じていたわけですが、シドニーにきてこれまで感じた事のない自分のうどんの需要を感じ、色々な人に楽しんでもらって、最高な気分にいるわけです。人生とは、どう展開するかつくづくわからないものです。ある尊敬する方の文章を読んで、すごくしっくりきたのですが、ゴールドコースト時代の私の気分の落ち込みというのは、有り余る時間を目の前に、思考が深層部分まで入り込み、煮詰まり苦しみ、でも理屈的にしっかり自分で「有り余る時間とこれからも続く長い人生」という脅威に対しての解決策を持っておきたいから更に思考するわけですが解決策は見つからず、負のサイクルに陥っていたのでしょう。失恋した時もそうでしたが、そういう事態の時ってゲージがニュートラルな健康状態の時と比べると、相当ゲージがどちらかにふれてる不健康状態で、冷静だと自分では思ってる思考さえも狂っているのでしょう。そんな時のたまにワークする解決策は「忙しくする」だとその方は書かれていました。とはいえ、私がゴールドコーストで働いていたわけのわからんキッチンで働き続けても当時の私の思考は回復しなかったんじゃないかな〜と思いましたが、自分のやりたい形でうどんを提供する中で忙しいというのはかなりハッピーでした。多忙であることが以外、一ミリの不満もなく、楽しかったです。今の所この状況に救われて危機的メンタル状態からは脱出できたようです。その方は、自由に好きに生きると決めた以上、そういう空虚感みたいなものとは友達にならなければならないと書かれていました。ごもっともです・・・さすがの、考察力と分析力と表現力です・・・あっぱれ。

 
ビートたけしが言ってましたが、もう行くとこまでいったら、人間遊ぶしかないとのことでした。自分の人生においてやりたいことはやってきた自負があるし、挫折も達成も様々なカテゴリーでしてきた気がしますが、今の自分はきっと、もう行く所まで行ったので、正に遊んでるような感覚です。前職をやめてからそうでしたが、今はその遊びがより面白い方向に展開していっている感じ。この遊びは楽しい。いつ死んでもいいように心がけて人生の選択をしてきましたが、やはり今もいつ死んでも良いと思える選択をできているように思います。実際死ぬ時は悲しいのだろうと思いますが、それでも最高の死を迎えるにあたり、出来る限りのことは今やれている自信があります。これは結構素敵な事と思います。
 
具体的にどういうところに「最高だぜ!」と感じているかというと、うどん作りというオモロいことを通して、オモロい場所に招かれ、オモロい人に会えていることが最高なのでしょう。そこから想像もしないような展開に心躍りますし、世界が広がったりしてるわけです。実は私にとってうどん作りというのはツールで、うどんじゃなきゃいけないか?と聞かれると、食べ物であれば何を扱っていても、楽しさは感じられるタイプです、私は。「自分が頑張ってつくった何かを直接的に人に楽しんでもらう」ことの喜びも勿論大きいのですが、そこから派生するオモロい場所に行ったり、オモロい人に会えたり、オモロい展開に巻き込まれるのが最高です。このまま、うどんが食べたいという要望から、南米に飛ばされ、中央アジアに飛ばされ、ヨーロッパに飛ばされたら、私はもう生きてて良かったな〜とかいう話になるでしょう。
 
シドニーについて書くと、いい所です。個人的にはゴールドコーストブリスベンより俄然好みで、各サバーブに文化と多様性があるところが素敵です。更に自然と街の調和具合が程よいです。都会遊びしたければシティに行けば良し、チルしたければシティから離れましょう。これまでオーストラリアを軽く見下しながらも過ごしてましたが、シドニーでかなり見直しました。上から目線ですみません笑シドニーになら住んでみたいな〜と思います。もう住んでますけど。