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旅するうどん屋のうんたらかんたら

できるだけ人が興味を持たないことを、一切無理する事なく書き続けてます

現在のジュンタニムラの価値観をご紹介〜ロマンス系編〜

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引き続き、お送りします。今回はロマンス系なので、恋愛とか色恋とか結婚とかその辺の価値観について。

 

★異性の友達、GF/BF、恋人、結婚相手、セフレなど男女(ないしそういう同性)関係はいろいろなグラデーションやカテゴリーがあると言われていますが、まず、あなたの中のカテゴリー概念を聞きます。あなたのカテゴリー概念はかなり厳格な方だと思いますか、それとも流動的だと思いますか?
 例えば、友達→恋人→結婚を、毛虫→さなぎ→蝶のような進化論的に捉えてますか?いや結婚は政略結婚が決まってるので恋愛要素は基本的には問題にならないっすとか、バラバラなものだと思いますか?
 あるいは、友達と恋人の間に明瞭な”国境”がありますか?ここを超えたら恋人国で、超えなかったらただの友達で~とか。
 なにをもって「つきあってる」と思いますか?あるいは「つきあってる」と◯◯しないとならないとかいうキマリゴトはあなたの中にありますか(イブは可能な限り一緒にいないといけないとか)。

 

流動的です。なので、それぞれの概念に対するスタンスもその時々によって変化していると思います。友達→恋人→結婚という進化論てきには捉えていません。恋人→結婚はまだわかるにしても、友達→恋人というステップは踏まなくてもそういう状態になれると思います。
また、毛虫→さなぎ→蝶のようにどんどん生物が成長していくかのように、男女関係が友達→恋人→結婚と順により深まって行くものだとは考えていません。カップルよりも、踏み込んだ友人関係が世の中にはあると思います。そもそも比べるものでもないと思っています。どっちが深いかなんてわからないです。
友達と恋人の間に明瞭な国境はお互いが付き合っていると認識していたら、付き合っていると思います。とかいうそりゃそうだろ的な話になってしまうのですが、ただ正直、この辺りの話はずーっと考えているのですが、明確な基準もわからないし、答えが出ていません。そのときの気分で、感覚的に判断してます。というか判断すらしていないかもしれません。この人は友達、この人は恋人という風にカテゴライズは意識的にも無意識的にもしないようにしてます。残るのはただ「○○さん」というアイデンティティのみです。これ関連でいうと「友達」と「親友」の国境もわからないので、なんかもうこの手の言葉遊びはどうでも良くなりました(笑)
「つきあっている」としなければならない決まり事は、相手次第です。気持ちよくない回答ですみません。相手によって、何が必要が話し合うしかないです。つまり、これは絶対という決まり事はないことになりますね(笑)


★自分のロマンス観念と、世間一般のいわゆる「常識」との合致率はどの程度ですか?例えば「奔放な性の遍歴」とか世間常識との合致率が低い場合があるわけですけど、まず自分の合致率は高いと思いますか、低いと思いますか?
 第二に、その合致率を出来れば高めたいと思いますか(世間に合わせたいとか)、むしろ低めたい(世間をシカトしたい願望)ですか?
 第三に、パートナーに対して自分と同じような合致率を求めますか?違っても良い場合、それは相手に対して緩くなる方向でしょうか、それとも厳しくなる方向でしょうか?例えば、自分はわりと常識的な考えに縛られている方だと思うけど、パートナーがある程度自由を”謳歌”するのは許せる気がするとか、逆に自分はかなりフリースタンスなんだけど、相手も同じようにフリーだったらちょっとやだなとか、そこは正直に。
 
ロマンス観念の合致率は100を合致、0を全く合致しないとすると、超ざっくりですが35くらいでしょうか(笑)つまり、あまり合致していないと思います。上記のように考え方が流動的でもありますし、お互いの考え方を摺り合わせて譲歩し、妥協し、納得し合える所に設定すれば良いと思うからです。
よって、世間との合致率は気にしてません。大事なのはお互いの考え方を尊重することであり、世間のロマンス観念との帳尻合わせではないと思うからです。
パートナーに対しては合致率を求めるか、については部分的には求めることになるし、部分的には求めないことがあると思います。またしてもどっちつかずな回答ですね・・・これでは面白くないのでもう少し具体的に言うと、結婚しようが、恋人関係であろうが、相手は自分のものという考え方はしません。いつまでたっても、「あなた」は独立した個人であり、その個人としての考え方・意見を尊重します。なので、自分が世間との合致率35、相手が65だった場合、お互いが歩み寄って50を目指すのでしょう。あーー、もうわかりません(笑)


★貞操観念についてききます。結婚するときに、一生浮気や不倫はしないというのが建前になっていますが、しかし30歳で結婚したとしてもあと50年くらいあるわけですよね。半世紀もの間、絶対に何もない/あってはならないと決めてかかるのは、ぶっちゃけ嘘臭いと思いませんか?
 ここでお聞きしたいのですが、この建前の強さです。「夫婦浮気せず」というのは国連憲章の「世界平和」みたいに「そうなったらいいよね~」という漠然とした願望レベルなのか、「交通安全」のように日々の実践性まで降りてくる身近な訓戒なのか、はたまた「やったら死刑」というレベルの絶対ダメ!なことなのかです。
 
「世界平和」レベルだと思います。というか愛の形というのは、本当にしつこいくらい書いてしまっていますが、これという規定がないと思っています。相手と自分で協力して決めて行くことだと思います。なので一概に浮気は駄目!とか言えないです。お互いが浮気して成立しているカップルもありますし、そうならないケースもあるでしょう。その規律を守ることでストレスになって死んでしまわれて不幸なほうが困るので、どうしても私が浮気が許せない人で、あなたがどうしても浮気がしたい人だった場合は、バレないようにうまく浮気してください。それがバレて喧嘩になるようなこともあるかと思いますが、あえてドライに言うとそれで別れるのであればそれはその方がお互い幸せなんだろうし、別れずにそれでも続けて行くというのもその経験を経てまた一つ愛が深まるのではないでしょうか。結婚もしてないですし、今付き合っている人もいないのでようわかりませんが(笑)これまでに付き合った人ベースで考えてみました。

★さらにしつこく聞きますが、机上の設例で、とある超絶的に魅力的な異性(ないし心惹かれる同性)に親密な関係を迫られ、それがまたありえないくらい魅力的(自分が神とあがめているスターとか)で、この機会を逃したら一生はおろか、あと3回くらい輪廻してもこんなチャンスは絶対にないだろうと確信できるくらいの状況。しかも一回ポッキリで、絶対に後腐れはない、100%ノートラブルである保障があるとして、それでもあなたは頑として貞操を守りますか?それとも、一回くらいだったら、で”現実路線”にいってしまいますか?
 また、自分のパートナーがそういう状況で現実路線にいってしまった場合、そりゃあウダウダ文句はいうだけろうけど、でも最終的に許せますか?
 
現実路線にいきます。レオナルドディカプリオ、またはアンジェリーナジョリーをこよなく愛するパートナーが、迫られたので一回ぽっきりでセックスしてしまった、というケースがあっても許せます。

★結婚とは、ズバリなんだと思いますか?あるいはどういう結婚をしたいですか、それともしたくないですか?
 
結婚をしたことがない私ですが、あえてドライに言うと結婚とは「相手を誰よりも優先的に想い続けるという契約」のように思います。こんな風に思える相手がいたらさぞや幸せだろうなという思いもありますが、それと同時になんで思い続ける人をその人一人に固定せなあかんねんとも思います。
将来的には結婚はしたいです。今はしたくないです。そして子供が欲しいです。結婚願望というより、自分の子供欲しい願望が強いかもしれません。ただ、自分が進みたい方向に進むために結婚をすること、子供をもつことがハードルになってしまうことがあれば、結婚も子供を持つことも諦められます。

★結婚観についてですが、新婚当時が最高レベルであとは落ちるだけで、いかに落ちないように工夫するのが結婚でしょ?というクールな視点がありますか?それとも新婚はスタートレベルでそこから高まっていくのだよという視点でしょうか?じゃあ、落ちないための工夫というのは具体的になんですか?あるいは「高まる」というのは 具体的に何がどう高まるのですか?また高めるためには何が必要で、日々の生活では何に気をつけるべきですか?そして、自分のこれまでの半生や性格を考えてそれは可能だと思いますか?
 
新婚当時が最高レベル、その後は落ちて行く、というような縦定規換算で考えていません。未経験の世界なので想像になってしまうのですが、「愛の形態がフェーズによって変化する」という感覚が近いです。すごくわかりにくい音楽での例を思いついたのですが、ロックという音楽ジャンルをLinkin Parkoasisbeatlesthe rolling stonespink floydみたいな感じ(順番が合ってるか全然わかりませんが)でより深みへ、自分が生きてすらいない時代のバンドを聞いてみようと掘り下げて行くのが縦定規換算だとします。ただ、愛って0から100みたいな感じで縦に表せる物ではないと思うので、もっと横断的に最初付き合い始めたときは、バラードというジャンルから始まり、結婚してポップなジャンル、子供が生まれてロック、年取ってきてジャズ、最後死ぬ前はカントリーみたいな段階を経ているだけで、そこに縦のアップダウンはないのではないかと思うのです(笑)ほんっとわかりにくいですね!ahhh!

★結婚について、ぶっちゃけ観念派と実態派にわけます。観念派というのは、いわゆる結婚という行為や社会的ポジションを得たいという抽象的な思いが強い派で、実態派というのは、まず相手がおって、相手との関係が豊かになればそれでよく、結婚(入籍)というのは日常的な処理をする際に何かと便利だからという実務上のメリットを重視する派です(ゆえにメリットがなかったら入籍する理由もあまりない)。あなたはどっちですか?なんでそう思うのですか?
 
今の私は観念派だと思います。観念派の定義を履き違い得ていたら申し訳ないのですが、経験してみたいという思いが強いです。一人の人と一緒にいるというのはこういうことが大変で、こういう楽しさがあるということを感じてみたい。それは結婚という契約を交わさない、カップル状態とは違う景色だと思うので。こういうとやってないことやってみたいだけみたいな軽い印象をもたれてしまいそうですが、そこにロマンも感じてます。
一方で話がそれますが、田村さんが記事でも書かれていましたが、人生長いです。80年も、もしかしたら90年もあると思うと、子供を持つというフェーズでも踏んでおかないと今の私は暇です。めちゃくちゃドライですが。というか私は実際ドライな一面も間違いなくあるので。

★結婚生活のモメ要因~金銭感覚、親関係、子供の教育方針、食べ物の好みなど生活嗜好などがありますが、それぞれについて自分はこんな感じってのを書いて下さい。また、ココがずれたらやっていけないだろうなって最重要ポイントは何で、第二順位に何がきますか?
 
今の私としては金金言っているひとは嫌ですし、子供は子供の意思を尊重したいとか、日本食・アジア料理をこよなく愛しているとか色々ありますが、今考えているのは、もう親がどうのこうのとか子供はこう育てるべきとか自分と相手の既定の社会的背景が邪魔してこないような環境で、純粋にそのときに考えたいです。これはあくまでも希望です。
ここがずれたらやってけないというのは、相手を尊重する気持ちです。相手の話に耳を傾けたり、相手の人生に取ってよりよい選択は何かと考えたり、こういうことが出来ないと人間関係すら成り立たなさそうですが。

★子供は欲しいですか、欲しくないですか。絶対欲しい(100)~完全ニュートラル(50)~絶対要らない(0)として何点くらいですか。そしてそれは何故ですか?

70くらいです。理由は上記のとおりです。

★生まれた子供は可愛いとは思うのですが、なんであなたは可愛いと思うのでしょうか?「野生の呼び声」的に本能的に可愛いというのが理想ではあるのでしょうが、「出産経験をしたり、子どもというものを持ったりすることで一人前になりたい」という、いわば、生まれたからには~的な、「人類の正社員」的なステイタスや自己実現が欲しいだけって人もいるかもしれません。あるいは生まれたものの、正直全然可愛いとは思えない、努力しても可愛く思えないという人もいます。そのあたりについてあなたはどうですか?
 
未経験なのでまたしても想像ですが、生まれた瞬間は可愛いのかどうか分からないのではないかと思います。母はわかりやすいかもしれません。父は自身が生み出したわけではないので、実感が湧きにくいのではないかと思います。
可愛く感じるのは、「育てる時間を経て」だと思います。ご飯を与えて、おむつかえて、だっこやらおんぶして、大変だった時期を乗り越え、大きくなって友達と関わるようになり、幼稚園に粋だし、小学校に行きだしっていう過程を踏みながら「可愛いなー」、「愛くるしいなー」という感情がわいてくる気がします。